永久の幸福

福寿草子のゆるふわ脳内

「私は他者を必要としなくてもいいんだって思えたの」

「私は他者を必要としなくてもいいんだって思えたの」
「他者?」
「つまり近しい人、たとえば家族とか」
「恋人とか?」
「その通り」
「君は他者を必要としない」
「必要としなくてもいい」
「必要としてもいい?」
「もちろん。私は他者を必要としてもいいししなくてもいい」
「君は他者を必要としてもいいししなくてもいい」
「今まで、他者のいない人生は不完全なものだと思っていた」
「今まで?」
「今まで。私は欠乏感を埋めるために、他者を求めていた」
「サムワン」
「サムワン。欲求されるだけの誰か。顔の見えない他者」
「志向されるだけの存在」
「模範的な人生に必要な存在」
「でも君は他者を必要としなくていい」
「でも私は他者を必要としなくていい。そしてそれを恥じる必要はない」

aqrapidcycler.hatenablog.com

(2018/12/02) 2018/12/03 - 2018/12/09

(2018/12/02)

Twitterを消して記憶も消した。久々に禁忌を犯す。うっかり人と深く関わってしまったところたいへんな傷を負い、回復には時間がかかりそう。前回、九月には社会に溶け込もうとして精神が参ったわけだけれど、今回は自分の行いに殺された次第である。

なんかもうミニマリストになるしかない! ミニマリストになるしかないよ!

最果タヒを読んでエモになっている。ブログのどこがいいかというと、即時に発信されず、反応もない、というところである。一方的な私の情報発信。交わらない目と目。あんなにTwitterが好きだったのにね。嘘だよ。

わからない。何でもよかったのかもしれない。何でもよかったんだよ。何でもよかったのにたまたまそれだったから、私はいつまでも囚われているんだ。本であれば、音楽であれば、いずれ擦り切れ輝きも失われているものを。感情に、見切り発車に名前をつけてしまってはいけない。けれどもう全てが遅い。否定するだけじゃなく、正解も教えてくれていたら、そうしたら少しはましだったと思う。けれど、もう全てが遅い。

私は自分のことを善い人間だと思われたいのだ。多分。少なくとも私が申し訳なさを感じている分くらいには。でも本当はめちゃくちゃなことばかりしているのを知っている。そしてそれを隠す気なんてないのに、ひとに知られているのが怖い。「誰だって、人に嫌われるのは嫌でしょう?」――どうしていいかわからなくなる。自分のしたことを考えれば弁解の余地はない。私のことを嫌いになっても、私のことを笑ってください。そうまとめられればいいのだけれど。

2018/12/03

朝起きてまずひとのTwitterを見られないということを嘆いた。リア垢も消そうとしていたのだ。けれど朝起きてます嘆くくらいに見たいのなら、別に消す必要もあるまい。己に不満足を強いなくともいい。

"愛し合うっていうのは、なんだか神経衰弱みたいだね。"

好かれていないと、無言の合意がないと、どうしようもない世界だ。好かれていない人は、もうその時点で拒絶を受けることが決まっていて、けれども諦められないし受け入れられないから空回りをしていく。空回りをしたってしなくたって、届くことはないのに。より多く耐えた方が報われるわけじゃない。

孤高の女なのだけど、応用解析の授業で五人までで班を組めと言われて、一人でやるのはきついと言われて、「五人じゃないところあったら入れてくれませんか」と人々に向かって言った。社会性である。入れてくれた班のメンバーは私以外みんな同じ研究室の男である。一人だけ三年の授業の班が同じで顔を知っているが、残念ながら名前は覚えていない。せめて全員顔は覚えなきゃね。AI系の研究室ってことだけが救いだろうか。話は通じる。

"しだいしだいに核家族化して安定性を失った家庭という枠組みの中で、両親が数少ない子供に注意を向けすぎて無意識に心的外傷を負わせている。"

記憶を意図的に消すとどうなるかというと、その前に遡りにくくなる。一日前の記憶を消せば二日前の記憶にはほとんどアクセスできない。記憶が時系列データであることを確認する。

ただ、言葉がある。言葉の奥に文脈がある。言葉が、選ばれていることを感じる。発したひとの既往を思う。私の前にあるのはいたずらに並べ立てられた言葉ではなくて、ひとの乗り越えた人生がなければ選ばれなかった言葉だ。文脈に触れたい。

2018/12/04

"皮膚は振動もしくは電気的な接触による信号を拒むことができない。目は口のように閉じもできなければ耳や鼻のようにふさぐこともできない。話し言葉や書き言葉のように過度な饒舌にあふれかえってもいない。"

ひとのことすぐに嫌いになるし、ひとのことすぐブロックしてしまう。多分時を置けば大丈夫なのだけれど、時が経つと私は何があったのかを忘れてしまうので、このひとに親しさを感じさせてはいけない、とかずっと忘れないように思い続けるのも負荷がかかるので、すぐに関係を絶ってしまう。だから私には友人がどんどん減っていくのだ。新しく作ることも、もう諦めているから。

風の日が好きだ! 万能感。

"過度の密着と突然で予見できない分離という二律背反的な状態"

久々に文章を書こうかという気分で、となれば百合しか書けず、両親が死んだ女の子をお姉さんが引き取るもの、流行っているよなあと思う。自分が一生誰も愛せないのではないか、とか、ペットが死んでも悲しくないのではないか、とか常々思っているので、疑似家族の利便性に思い当たる。でもそれも、養子を取るとかではだめで、確かな文脈がないといけないのだと思う。

街のこと。恵比寿、代官山、表参道、やらなんやらその辺の女の人は綺麗、まずブスはいないと知った口を利く男の子の言うことを聞き流して、けれども私の住む街の女の人は確かに綺麗だ。まずほとんどが痩せているし、文脈性の強い服装をした人が少なくみんな「きれいめ」だ。東中野へ眼瞼下垂のボトックスを打ちに行って、中学生だか高校生だか、詰め襟の下品な者たちがわんさか走り抜けていく改札を前に絶望した。私の住む街がこんな有様だったら耐えられない。特に不満も満足もない、ということは、ある程度満足している、ということである。

どうか私のことを救ってください、と思う。けれど救われるには絶望が足りない。困難とその解決を繰り返し騙し騙し生きている。閉塞した濃密な絶望がなければ目の前が切り開かれるような救いもない。秋のことを思う。

風の音がきこえる。まだ19時にもならない、と思うと、お休みの大切さを感じる。しかし私は要領のよいほうなので(信じますか)、休みばかりあっても仕方がないのだ。いつまでも風を感じていたいね。嵐が来ればいい。

"彼らは自分の感じていることに確信が持てず、他人の想像上の欲望や感情の方をよほど気にかけ、生き方は刹那的で、傍観者的な喋り方をする。"
私の欲求のほとんどは人のすることを自分もしてみたい、というだけなんじゃないかと思う。

私はもしかしたらあまり他人を必要とせず、むしろ他人と話すと体力を失うタイプの人間なのかもしれない。……え、なんで接客やってるの? 人間全般と関わるのが嫌かといえばそうではなく、例えばこの前見学に行った研究所のボスのことはめちゃくちゃ好きになれそうだった。でもそれって人間というよりは概念で情報だからだ。ちゃんと中身のある、多分言い換えると人格の存在する、人間だからだ。ここで二分法を用いてはいけないのだろうと思うので言葉にはしないが、まあそういう感じで、やっていきましょう。

優しいというのはできる限り多くの可能性を考慮することだ、と私は昔どこかに書いた。自分は他者に責任を持てないし、干渉もできない、と真摯に伝えることと、「敵意」というものの存在を世界から隠してしまう清潔さとはどこが違うんだろう。ひとが誰かを突き放すとき、ひとが傷ついているかどうかなんて知らない。そこに感傷を持ち込もうとするのは私の期待だ。傷ついていてくれ、と思う、救えないことを嘆いてくれと。

内的世界に引きこもりたいのなら、外見なんてどうでもいいじゃないか、と思う。けれど私は私を人の輪の中でほとんど発揮できないから、身体は重要だ、と言うこともできるし、私にとっての外界が身体なのだ、と言うこともできる。

2018/12/05

あなたがどういう信念に基づいて行動しているかなんてどうだっていい。わたしはこうです。あなたはこうです。と語り合うことになんの意味があるのだろう。それはただ単純に、わたしがあなたに興味がない、というだけのことなのかもしれない。それとも、開き直った、変えられる予定のないあなたの信念を、きいたところできかされたところでわたしにはなにもすることがないからかもしれない。一方通行の発話。ひとに変えられることを拒む、ただの自己開示。

ひさしぶりの仕事だ。私は自分が何者かを考えなくてはならない。何が私にストレスを呼び込んでいるのか、何が私に人間を恐れさせるのか。

一点目。「私だったらああはしないのに、なぜ他者の迷惑に気が及ばないのだろう」。通りすがりの他者に人格を求める。つまりは規範を求める。「私は我慢しているのに」、という気持ち。とりあえず、人間に人格を見出さず背景かなんかだと思っておけばしのげる。こちらへ向かって歩いてくるカップルをホログラムだと思ってみる。読みかけにしている「順列都市」を読もう。

医者との合コンに誘われたが、断る。タイミング悪いなあ。私がまた人間を好きになろうとしているときに誘ってください。後悔を避けるには、その事実を忘れてしまえばいい、のだけれど、安易に記憶を改竄すると自己基盤がめちゃくちゃになってしまうから、変な論理立てはせずに受け留めよう。

体調が悪い。多分物質的に。血糖値が下がっているのだろう。ご飯を食べた。三時半。

仕事が終わった。途中から突然覚醒してまあまあうまくやれた。明日から違う現場だけれどさっさと適応してしまいたい。環境への適応は速い。ひとがだめなだけだ。社長と来年の話をした。経済的なことも考えねばならない。

吐きたくない吐きたくないと思っているのに過食してしまった、で、吐くのをやめてみようと思った。もちぽよ、シナモンロール、食パン4枚、チョコフレーク、大量の干し芋、全部合わせて軽く1000kcal以上あると思うけれど、これそのまま寝たら明日どうなっているのか? 人体実験。とりあえず太りたくないのでコーヒーを1Lちかく飲みます。二十二時。
とりあえず2kgくらい太って、体脂肪率も25%越えして、にきびができ、見た目はとんでもなくむくむと思う。カリウムもいっぱい飲まなきゃね。

包まれたい。「皮膚・自我」を読んでいる。私は元々女の性欲の存在を信じていない。高校生当時百合姫に描かれるライトな性表現を「そのキャラクターが持つ性欲」と捉えず男性読者へのサービスだと思って疑わなかったくらいだ(もちろんその面もあるとは思う)。だから多分人恋しさは恋人欲しさではないと思う。だって求めるものがただ仕事に疲れた私を抱き留め寝かしつけることくらいしかない。過食嘔吐せずにいい子に寝るところまで見張っていてほしいくらいしかない。煩わしい義務からは逃れたいし、そもそも人格を全く求めていないじゃないか。あたたかくやわらかい「皮膚」があれば母の代わりになるという。布団へ胎内回帰。

2015年春にリア垢を作ってからフォローしている人のすべてのツイートをちゃんと読んでいたのだけど、やめました。気になる人だけ全部読んでいるけれど、これもやめてしまいそう。

正しい人間が正しいことをするだけの漫画、わたしたちが燻らせていた心を「現実」に投げつけるだけの漫画、せつないね、わたしたちそんなことできっこないのに、空想の中でだけは正しくて強くてきれいだ。

美しさは力だ。だから私は身体を支配しようとする。陶器のような肌、お人形のような小さな顔、細長い手足、身体の不在感を目指して。老いという人間味を殺してリアルじゃない存在になることがきっと強いことだと思っている。だから私は明日起きるととてつもなく弱くなっている。他者の身体を見下してつくった優越感は自分の転落で失われる。身体の不調を感じ続けるということは、精神の圧迫なのだ。精神性の信奉、私は身体を黙殺することで人に勝とうとする。

2018/12/06

太るという以前にまだ消化が終わっていない。朝。仕事が早いが、帰るのも早い。帰ったらいろいろなことをしたいけれど多分すぐに寝てしまう。昨日はコーヒーのせいか、何度も起きてあまり寝られなかった。

現場が外なので寒い。寒いと寒いことに気を奪われて何も考えられない。考えることもない。ただ耐える。何かを見つけないと精神が参る。楽しいことを探す。

暖かいってすごいことです。10度の環境で8時間働いた私が言います。ああ、カナダのこと思い出せばよかった。今日の食事はBCAAと80kcalくらいのスープのみ。まだまだお腹は減らない。

暑いのと寒いのだったらやっぱり寒いのがましだ。暑いといつ倒れるかわからないという社会的不安がある。寒くても、「寒い」としか考えられず思考能力は奪われるけれど、耐えるしかない、という諦めはある。

"生殖にかかわる性欲や、自己色情に到達しうるのは、みずからの皮膚の中に最小限の基本的な安心感を持つ人間だけである。"

寒い中立ちっぱなし、サボるにも巡回にびくびくする、時が経つのが何倍にも感じられる、一応数字を求められる、おじいさんに給料の心配をされる、などと悪いところは多いが、人との関わりがない分楽だ。その場での人間関係に気を遣わなくて済む、というのと、それに類似した過去のパターンを無意識に引き寄せなくて済む、というところがいい。いつにも増して、人のことを考えなかった。閉じていく。

2018/12/07

たぶんとても近しく思っているのだろう、今。夢の中で私は外聞も気にせず触れたがって、というよりは気を引きたがって、去年のこと、一昨年のことを思う。「わたしの問題」が、「わたしたちの問題」になることはあるのか、ないのか、あるならばそれは愚かにもお互いにそう信じ込むということだ。共同幻想、見ましょうか。

久しぶりに人と話すと、自分が、自分の発言に対して価値判断を絶えず行っているのがわかる。だから気が参るのだ。後で悔いるくらい、会話に没入しているのならそれはそれでいい。喋る私と後悔する私が違っても、それは「現在」と「過去」の対比といえる。けれど今、喋る私とそれを見つめる私がいるのは、ごまかしのきかない分裂だ。自己が引き裂かれていると何が悪いのかということ、それを今私は思い出せないけれど、進んで気を参らせたくないのは確かだ。

東京に生まれるのは才能だという。神奈川の、おそらくは栄えている方なのであろう、けれど私には田舎と思えてしまう街でひたすら立っている。私がここにいたら、頭はよくなかっただろうし、顔もよくなかっただろう。じゃあ代わりに何をしていた? 都会への羨望を募らせていたかもしれない。何かが満たされているということは、その分、何かを求められるということで、心に穴が開いているのだとすれば、ひとが求めるものをもう持っているからなのかもしれない。

昔は自分の血が半分入っているのなら子供は絶対愛せると思っていたけれど今はそう思わない。血によらず他人である。人権ですね。

年賀状出すとか出さないとかって話を去年まではまだしていたと思うのだけど、今年はすっかり忘れていた。ハガキを買っていく人々を、たまたま派遣された勤務地の近くで見なければ思い出さなかったと思う。
新聞を広げる人や紙の漫画を読む人を数ヶ月に一度見つけては、紙媒体の存在に驚く。ちょうどジャンプを広げ読んでいたバイト先の好きなお姉さん(D3)にその話をすると、「紙が貴重な時代の人みたいだね」と笑われた 私はロストテクノロジーに対し優越感を持っていたのだろうけれど、彼女はおそらく古代に思いを馳せていた。

今日の日記の多くは紙に書いている。立ちっぱなしのバイトで、人が来ないから暇なのだけど、おおっぴらにスマホをいじるわけにもいかないのだ。それと充電がない。紙に書くと、自分がどのように文を書き上げているかがよくわかる。付け足しや表現の書き換えを、どの段階で、何を思ってするかを自覚する。たくさんの文章は、音声入力するつもりだ。

2018/12/08

自分をブスだと思うとどんどんブスになるのでみんなが自分のことブスだと思うのむしろ勧める。社会とかどうでもいいので。

最近よく夢を見る。ボトックス注射を打って、寝ている間でも瞼が完全に閉じていないからかもしれない。現実と深層心理の再編集、夢から何かを得ようとするのが好きだ。夢を見るために起きているのではないかとさえ思う。

泣いてしまうのが嫌で何も言えない。そんな記憶ばかりだ。なぜ泣くのが嫌なのか、わからない。この人の前では泣けるのだろう、と思う人に対して、涙ながらに伝えることなどない。私が軽視されている、それをやめてほしい、と言おうとする時に涙が出るのだから。
私にとって、様々なそれらはもう終わったことで、傷跡を残しては いるけれど、跡どころかずっと心の奥底にしまわれているけれど
、それは過去に過ぎない。それらを取り出して、現在の現実に展開する、なんていうことは考えの外だ。カウンセラーが必要ですね。お金を払って何かのための時間を買う、という行為は、思うよりずっと有用なのではないかと最近思っている。

連勤が終わった後の精神的余裕。お疲れ様でした。

2018/12/09

ほとんど寝ていて、頭がぼうっとしている。三時半。ブーストは一週間も持たなかったか。それとも昨日本をろくに読めていないからか。来週日曜までの卒論(一二章)を、今日上げようとしている。少なくとも明日にまでは終わるけど、どうかな。

他者を必要としない人が少なくとも物語の上では可能なのだ、と知って、自分もそうであっていい、と思ったのはたぶん救いだった。けれど独り山ごもりするような孤独を求めているわけではなく、一週間に一回くらい、心許せる人と一緒にいたい。心を人に許すということが年々難しくなっていて、そんなことができるのは旧い友人くらいにもう限られているのだけど。

お仕事モード 2018/11/26 - 2018/12/02

「人格を統合する」? いやちょっと待って、統合してはいけない。
最近どうもバイト先で人間と喋れず、目も合わせられず、完全に挙動不審キモオタクになっていたのだけれど、人格が統合されているからだ! 私は一貫した私であり続けなければいけない、私の言動に責任を持ち続けなければいけない。でもよく考えてみて、人々には「お仕事モード」がある。「私はこれでご飯をいただいているんです」。仕事は仕事、と思うことが肝心だ。

2018/11/26

卒論の文章の方を進めると研究の方が進まなくなった。けれどまあ仕方がないので、バイトの休憩中TOEICの勉強を始めた。

マンションの同じ階の部屋で死ぬほど騒いでる。午後九時半。前は違う建物だったから近隣住民として警察に通報したけど、同じマンションだとしづらい。大家さんが同じ階なんだけどなにか言ってくれないかな。即時には無理か。

2018/11/27

一人暮らし一周年。

2018/11/28

人間との関係をきちんと終わらせられたことがないな、と思う。私がこれから学ぶべきことってそれなんだろうな。わからない。

2018/11/29

tinderのプロフィール、長い文章の人は気持ち悪い、という記事を読んでtinderを再開した。自分も短くしたら、スーパーライクがたくさんきて、人々は中身なんてない方がいいのだ、外見しか求めていないのだなあと思う。

わかった! バイト中に人と話さないようにしていたから、だからこんなに何も考えていないんだ。

2018/11/30

手先が冷たいのは身体と自己の結びつきが弱いからかと思う。

2018/12/01

寝てた。意識があっても身体が動かないと思考も萎んでしまう。思うようにならない。

誰に対しても敬語を使ってしまう傾向があったのだけど、最近は誰に対してもタメ口を効いてしまう。うまく調整しなければならない。口は災のもと。

人と話すと自分の考えていることが整理される、と同時に、他人にわかりやすい、受けのよいストーリーを作ってしまう可能性も高い。「私は他者から評価、特にいい評価をされたくない」。

「えらい」と「すごい」の話もそうだけれど、私が満足していない点について褒められると死にたくなる。

2018/12/02

拒食の喜び、媚態の憂うつ―イメージ崇拝時代の食と性 (21世紀問題群ブックス (14))を読んだ。人格。

仕事を断った。日給2.5万は強いが私だって休みがほしい。ワークライフバランスです。

なんかもう死ぬしかないのかなって思うんだけどもう死ぬしかないのかなとか言うのももう恥ずかしいんだよね。あ〜〜〜もうだめだ。

情報になりたい 2018/11/19 - 2018/11/25

2018/11/19

脱力って大事だ。日々の生活にゆとりを、みたいな話ではなく物理。いかに私が私の身体を操れていないかということがわかる。身体の色々なところが開拓されていく。筋肉の一筋一筋、血管の一本一本を感じる。

意識が混濁している。

2018/11/20

どうでもいい。寛大な気持ちだ! 全てへの無関心。"考えていない状態"なのだろうな。あ〜あ。

2018/11/21

力を抜いていると、思考が巡らない。何も考えていない。副交感神経の手綱を取ることはできたのだけど、そろそろ交感神経も走らせてやらねばならない。

人と目を合わせられない。常にテンションが低く、接客に入れない。仕事やめたい。細々と生きることを考える。

2018/11/22

「死は突然で偶然で必然だからね、いつも」

生きてる感じが希薄で怖い。明日死ぬかもとかでなく死んだり死にかけたりもせず多分ずっとこのまま生きていくんだろうと思うと生きてるのか死んでるのかわからなくて怖い。今も未来も全て溶けて一体になる。時間の流れはない。

2018/11/23

久しぶりに、何一つ予定のない日なので、図書館へ行って本を借りてきてずっと読んでいた。過集中。頭の奥が引きつっている。

本を四冊半と漫画を二冊読んだ。

私が今日も生きててよかった。死んでなくてよかった。私が多分明日も生きているであろうことに感謝! 過去の自分の選択に合掌!

勝利ってのは万能感で、世界が私に味方してるって感覚。

2018/11/24

我々に必要なのは「没入」なんです。放心ではなく。

食欲がひどい。多分肉が足りない。「栄養価の低いものばかり食べているからお腹が減る」。

結局誰のことも好きになれないから死にたいって思う。誰のことも好きになれないは嘘。

日記を読み返すと、どんどん思考が先細って行くのがわかる。

磨り減っていく。磨り減っていく磨り減っていく磨り減っていく。あ〜〜〜〜だめだ。夜になると特にだめだ。寒いからかもしれない。一日に区切りをつけてはいけない。けれど、全くの自由になるとすぐに記憶が混濁する。仕事をしていると、仕事が嫌だとか、あの女が嫌いとか、そんなことばかりでイライラするけれどそれはそれでいい。本質には触れない。休みは困る。人と会って時間の無駄だったなと思うと困る。同じことの繰り返しは困る。どうしようもない。

2018/11/25

"そのひとの全部を好きになることに決めると、いいだのよくないだの、そういう価値判断などしなくても、よくなるのだ。ただ、好きでいれば、いい。"

なんで私達だめなんだろうね、なんで誰でもよくないんだろうね、と思う。いわゆる恋愛ではなく、いわゆる友情で。みんな物足りなさを抱えていて、そしてそれを隠すほど清潔でもなく、みんなさみしい。

三連休を通して、休日の過ごし方を思い出す。九月は暇だった。ゆとり。

おだやかな死 - 2018/11/12 - 2018/11/18

2018/11/12

二時過ぎまで寝ていた。大学へは行けなかった。社会的要請からその日やその翌日に疲れを感じることができず、二三日遅れていよいよ動けなくなる。日曜の夜は早く寝たい。そして今日も。

"七十歳以上の親なり祖父母なりをなくしたものが心から泣くことができるとは私には理解できなかった。母を失ったという理由で打ちひしがれている五十歳の同性に出逢ったら、私はそのひとを神経衰弱ときめつけたであろう。"

2018/11/13

お休みの日に仕事を入れてしまった。今月は休みを取ろうと思ってたのにな。

態度の悪い社員が移動になった途端客が押し寄せて来た。嘘みたいな話。

「気持ち」も老成するんだなあ、と思う。というよりは多分、現実に適合してしまった。認知を歪ませるというよりは、多分。

2018/11/14

「私のこと好きって言うくせにこんなこともできないんだ?」

理性を失っても、設定した無意識は崩されないと思う。多分。

2018/11/15

親孝行しなかったことを後悔するか、私はしないと思うけれど世の中するものらしい。ボーヴォワールの『おだやかな死』を読んで、やはり後悔をしない人はいて、私もそうなのだろうなと思う。

一日のことを仔細に語るのは自分のためにもよくないと、人の日記を見て思う。

2018/11/16

意志が硬い。ように思えて人の言うことをきいて結構簡単に意見を変える。意見というか態度というか。私が一番古い友人の言うことをほいほい聞くのってだからかなと思う。私の譲らないところに触れずに新しい提案をする、しているのだと思う。多分顕在化はせずに。

2018/11/17

体が重い。物の動きがよく見えなくて、コマ送りのようで、更に残像も見える。脳が疲れている感じがする。恋愛の話ばかりしている。くだんないなあ。

酔っていないと知らない人と打ち解けられない、些細なことで笑えない、みたいなツイートを見て、自分をわざわざ捨てているのか、と思う。私は自分が自分でなくなるみたいですごく怖い。

2018/11/18

朝早く起きたい、けれど、疲れが溜まっている。結局半分寝たようなすっきりしない一日を過ごすことになる。

まなざされることで欲求の存在が暴かれてしまったんだろう。

久しぶりの友人たちとのお食事。楽しい。みんな喋るのが、というよりは会話の運びが遅くて、安心する。私は焦って完全に気持ちの悪い喋り方になってしまう。意識したい。

死ぬ前にしたいこと - 2018/11/05 - 2018/11/11

あ〜死ぬかも、これは今度こそ本当に死ぬかも、と思って後悔を探してはみたけれど、あまりなかった。人との関わりは「あれをやっておけばよかった」みたいなものではなく、タイミング次第というか、なるようにしかならないと思う。思いついたのは、「部屋をきれいにしておけばよかった」。部屋がきれいだったらライトに救急車呼んでたかもしれないし、誰か呼びつけていたかもしれない(来てくれる人がいるかはともかく)。死を強く恐怖したので、これからは部屋をきれいにしておきたい。終活ですね。


2018/11/05

「私の人生に、あなたはいらない」と思えば、そこから先、自分に有無を言わせてはいけないのだ。

記憶が曖昧だ。というか、すっかり抜け落ちている。日常生活には全く支障がないのだけれど、人に訊かれた時に前日の行動を少しも思い出せずショックを受けた。

わざわざ出向いて不愉快を得て、日々の幸せを感じる。「状態」の幸せは感じにくく、落差が必要になる。存在しているかしていないかわからない身体を見つけるために自傷するのと同じで、不健全だ。

 

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中身を好かれるのは怖い、という話を書いておいて、今は外見を褒められるのが怖い。その解釈と理由付けは置いておいて、とりあえずそうだ、ということ。

共起される欲求について。苦しい。

2018/11/06

甘えたいけれど甘やかされたくない、ということについて。甘えた態度を取る私にでれでれしないでほしい。私がそういった態度を取ることを容認しないでほしい。冷ややかな視線を注いでほしい。辛辣な言葉を投げかけてほしい。私が幼児退行してもその世界に没入しないでほしい。親の役割をしないでほしい。私はもう家庭の子供ではないから。そう信じているから、脱しようともがいてきたから、社会的自己を簡単に壊さないでほしい。私の人格を否定しないでほしい。私が気まぐれに子供の役を演じようとしても、あなたはもう家庭に縛られてはいない、と証明してほしい。

「他人に興味なさそう」って言われすぎて自分も他人に興味がないのだと思っていたけれどもしかしてお前に興味がないのでは? 私は興味がある人間に興味がある!!!

2018/11/07

睡眠不足が祟って朝起きられなかった。帰りたいと思いながら夜まで遊ぶよりは、充実した朝の時間を大切にしたい。

他者に対しての自己が統一されている必要はない、統一されていないことにアイデンティティを求める必要もない。

2018/11/08

先日人に「私がどういう人間か」という話を延々とされた。私も私のことについてでたらめなことを並べ立てられると流石に黙ってはいられない。少し反論をすると喜々として自分の主張を通そうとしてくるので疲れた。彼が「私をどういう人間だと思うか」なら私が反論をするようなことではないのだが、「私がどういう人間か」を断言されるとさすがに辟易する。今後この人と会うことはないだろうなと思ってできる限り寛大な気持ちで接した。そこで少し印象的だったことがある。彼の思い描く素晴らしい企画について聞かされたとき、私はその内容について触れず「やりたいならやればいい」とだけ言った。そうすると彼は現状がいかに駄目か、自分の企画でどれほどの発展があるかということを付け加えた。私はただ「やりたいならやればいい」と言った。するとなおも彼はその内容について話す。私は結局「やりたいならやればいい」としか言わなかったのだが、それでカーネギーの『人を動かす』 のことを思い出した。半分ほど読んだところで返却期限が来て返してしまったのだが、「クレームをつけてくる相手の発言を肯定する」みたいな話での拍子抜けの反応とそっくりだった。多分彼はその企画を批判されたくて、それに「完璧な論理」で返したかったのだろう。褒められたいというよりはむしろ。しかしこれは私の思うことであり、もちろん真相はわからない。

バイト先の嫌いな女に久しぶりに会った。普通に話しかけてきた。忘れたとでも思っているのか? 私は恨みは忘れない。「居酒屋どう?」「え……普通です」「パソコン変えた?」「前から持ってました」目線は合わさない。あ〜あ、話しかけないでくれ。外見も嫌いなのだが似合ってないカラーメイクをやめていた。恐らく個人に対する直接の評価が始まったからだと思う。だめだと思ってるなら始めからやるな、あ〜死んでほしい!

2018/11/09

毎日毎日同じことの繰り返しで気が滅入る。

綺麗事ばかりで生きている、敵意を排除したがる人々に、理不尽な嫌悪をぶつけたい。
「嫌いなんですか?」
「嫌いではないけど、話す時間を割く相手ではない、って感じかな」

指先でひとの人生壊して、そんで私はあ〜退屈だなって嘆いていたいな。

2018/11/10

私は食道がんとか胃がんとかになって死ぬと思う。

2018/11/11

洗濯を三回回した。多分あともう一回やる。それか明日。

多分私は無自覚に、具体的に生きようとしていたのだけれど、社会に迎合するよりは主観強めで生きた方が生きやすい。恐らくは。

最近すぐショックを受けてそれまでのことを忘れてしまう。「なんでもないことで涙が出る」老化まであと少し。

具体的に生きること - 2018/10/29 - 2018/11/04

2018/10/29

身体との距離のとり方がわからない。もっと身体に乗り移って生きたらいいのか、それとも完全に別のものとして生きたらいいのか。お腹は空いていないのに「食べたい!」って欲求が湧き上がる。そもそも身体と一体化していたらそんな欲求起こらない。身体と線を引いていたらお腹は空いていないのに食べたくなるその欲求を何かに変換して解消できる。けれどたぶんそういうことじゃない、のでしょう、たぶん。どっちがいいか揺れている今の状況が一番まずい。

鏡がないと死んでしまう。日々、自分は可愛いというメンタルで生きているけれど、長時間鏡を見ないと自分の外見を忘れてしまって、全部妄想なんじゃないかと思う。世間に顔向けできないブスなんじゃないかと思う。例えばそこの女と私、その違いはなんだろう? 大差ないんじゃないか? あの子の方がずっとずっと可愛いんじゃないか? 百合じゃん。私はトイレに行って、鏡を見て、ほっと一息つく。けれどやっぱり目は小さい気がする。

2018/10/30

一生太らない魔法の食欲鎮静術 Business Life

一生太らない魔法の食欲鎮静術 Business Life

できるわけねえだろと思っていたけど最近読み返して少しできるようになった。

今は身体的問題を抱えていて精神どころじゃない。

2018/10/31

寂しい。苦しい。どうしよう。頭がおかしいのかもしれない。どうしたらいいのかわからない。生き甲斐を自ら手放した。寒い。死にたい。

年下の女ってやっぱりなんだか苦手だなあ。くくってしまうと先入観を抱いてしまいそうだと思って避けていたけれど、やっぱりなんだか苦手だ。

「真の自分」と「社会向けの自分」を分けない方がいい、と思うけれど、全てを晒して受け入れられるわけはなく、そしてその必要もなく、折り合いはきっと必要なのだ。

2018/11/01

なんだかわからないけど晴れやかな気持ちだ。承認欲求が満たされたからかも。

同僚が徒歩二分くらいのところに引っ越してくるらしい。わくわくする。思えば幼稚園から大学まで、家の近所の学校に通ったことはなかったから、道を歩いていてたまたま知り合いに会う、ということを想定したことがなかった。

2018/11/02

10連勤が終わった。

人間のことみんな嫌いになった。自分に金をかける、その金を稼ぐこと以外、考えたくない。

そういえば最近嫌な夢を見ない。嫌な夢を見ないことは、不快がないことなので、それ自体を意識しにくい。
幸せですか? と言われて、不幸せではないけれど、多分、と思う。

2018/11/03

口に出すとどんどんそれが強化されていくのはわかっているけれど、人を無理に好きになるのはしんどい。

自他境界って言葉を久しぶりに思い出した。今の私は割と自他境界がはっきりしていると思うんだけどどうかな。

一週間の日記をつけることは自分の状況を把握するのにとても役立っている。Twitterでは遡りにくいから、一度に見られるのはいい。

2018/11/04

誰とも会わない休日は最高。

ガールズバーの面接に行ったんだけども行かなかった。というか行った。というかいるけど行かない。以前体験入店した時は普通に店舗に行ったんだけど、今回は待ち合わせ。駅指定、からの電話、からの移動指示、某牛丼屋の前へ来いとのこと。今私はその牛丼屋が見える位置にいる。待ち合わせの目印のピンクのスカートが見えないようにして。それらしい人影はない。ということは相手方もどこからか牛丼屋を見ていて、ピンクのスカートを履いた女がのこのこやって来るのを待ってるってわけだ。怪しいと少しは思っていたのだけれど、電話が何より怪しかった。普通のきれいなお姉さんの声。私が前に体入した店舗では小さいおじさんがしきっていて、女の子達はその存在を無視して平気で着替えている、という感じだった。リアルだ。昼からのガールズバーで時給3000円なんてないよね〜知ってた。ていうか昼からのガールズバーってなんだ。ガールズバー受ける皆さん、謎のお金が引かれるので時給2500円なら実質1700円、時給2000円なら実質1400円くらいです。3000円はね〜盛りすぎ。お疲れ様でした。お家帰ります。

人間のこと好きじゃない。死にたい。救ってほしい。

晴れやかな気持ちだ。好きな人好き、嫌いな人嫌い、意味を求めるな、意図を意図するなってこういうことか。同じところをぐるぐる回っている。サンシャイン水族館行きたい。