永久の幸福

福寿草子のゆるふわ脳内

スピリチュアルとていねいなくらし - 2019/02/11 - 2019/02/17

2019/02/11

ミニマリズム、断捨離、そういうようなものにどっぷり浸かっている。「管理しきれないものは手放す!」とばかりに、髪を切ってしまいたい。

"妄想系はさらに情緒派と論理派に分かれる。"

髪を17cmくらい切った。髪の根本を後ろから前へ乾かし、ある程度乾いたら前から後ろへ乾かす。

2019/02/12

久しぶりに働いた。肉体的にきつい。精神的にはまあまあで、たまにやるから楽しい、くらいの気持ちだ。

2019/02/13

"つねに頭の中に「分からない」がある。それを「分かった」に変えるようにアンテナを張り、思考の緊張を保っている。"

焦らす、というのがある。「欲しい? でもあ〜げない」というやつだ。私はこれを楽しむ余裕がない。え、じゃあいらないわ、どうぞご勝手に、とより冷めた気持ちになる。ということで、焦らしを愉しむことができないのだけれど、「自分に禁ずる」というのが快楽を生み出すという。したい、でもしない。焦れったさを自分で生み出す。更に第二段階として、そのルールを自ら破る、というのもある。こちらはいわゆる背徳感らしい。

2019/02/14

研究所へ初出勤。良い空間、知的水準の高いコミュニティ、といった感じだ。私は人の顔色を伺い続けているということ、「こいつと一緒にされたくない」と他者に想定する他者境界が曖昧なこと(つまり他者は私と私以外の区別がついていないと思っている)を自覚する。

百合って学問だと思う。あれを読んでいないと語れない、とか、そういう権威。どこにいっても文化にはつきものか。

研究室の同期で研究所の同期、上司への応答が不自由なので、私はいつになくハキハキしている。一緒に思われたくないというのもあるし、評価は比較によって行われると思うからというのもある。それはある面では真実なのだろうけれど、ひとはその場で比較するだけではなく、過去の記憶と比較している。だから例えそこに私一人でもハキハキしなければならない。記憶の中の誰かに勝つために。というようなことを、思い、私もそろそろ就活をうすぼんやりと考えているので、愛想をよくしようという気持ちはある。まだ気恥ずかしさが勝っているのだけど、早く捨てた方がいい。

といったことを考えるのもこの前私が他人の顔色を伺っていることを指摘されたからだと思う。私が仕事のトークをしっかり覚えていることについて「怒られたくないからでしょ」と25, 6の男に言われ、ああ、案外ちゃんと見ているんだな、と思ったというか、よくわかるなあとなんだか感心してしまったのである。

2019/02/15

情報伝達のロスが少ないから、私達はより多くの時間を生きなければならない。

2019/02/16

新しい季節が来た、という時より、新しい季節が来るぞ来るぞ、今は終わってしまうぞ、という最中の方が揺さぶられやすい。

2019/02/17

10:30から14:30まで寝ていた。なぜ? 数週間噛んでいたガムをやめて一気に副交感神経へ雪崩込んだからかもしれない。

糖質の塊を食べたところ眠気だるさ震えなどが来て、多分血糖値スパイクなのだけどもう酒は飲まないぞ並みにもう食べないぞという気持ち。

入眠の正解 - 2019/02/04 - 2019/02/09

①鼻で息を吸いながら瞳を上に動かす。白目にするイメージ。 ②鼻で息を吐きながら瞳を下に動かす。瞼を閉じるイメージ。 数回繰り返すことですぐに寝られる。 2019/02/04


ザ・ガールズ を読みました。

よくないことをするとばちが当たるとずっと思っていた。だから私はせめて正しくあろうとしていた。けれど今、世界に現実味がなく、はにかみさえ無用で、その日暮らし。今さえよければ、とすら思っておらず、過去か未来か、今ではないどこかを見つめている。 サウナ行きたいなあ。サウナが楽しいというわけではないのだけれど、サウナは趣味候補で、サウナさえあればきっと私は大丈夫、と心の支えにしている。いずれ打ち砕かれるに違いないと思う心が邪魔をする。真剣に、ふざけないで取り組むこと、多分もう忘れてしまった。 2019/02/05 一生ひとに愛されない、と思った、けれど愛はなくとも近しい関係があれば、それは愛より心地好いものになる。 いつも何かに救いを求めている。何からの救いか? 救いでないならあるいは許しかもしれない。何への許しか? 2019/02/06 居酒屋と居酒屋飲み会をブッチして他の仕事をしていた。明日は歯医者と面接。面接に行くのがとても苦手で昨日は二件行けなかった。社会性のなさ、そしてそれを言ってしまうこと。 頭が痛くなって寝られなくなる、心身に深刻な問題なので二月はもう追加しないこと(言い訳は他の仕事、身体的負担)。三月は四日間のみ、旅行前が取れなければ旅行後。日程よりも平日を優先すること。 2019/02/07 "内にこもりすぎると、もう一生家でひっそりと暮らしていきたいと思ってしまいます。でもそれではまるで自己破壊です。とにかく家を出て、世の中と関わること。そして、あとで家に戻ってから、自分の内面と世の中とを上手く結合させるようにすること。" サウナ2回目。サウナ12分水風呂胸側までらサウナ12分水風呂肩まで! 成長である。 2019/02/08 片方が明らかに悪いということは、もう片方は悪くないということを意味しない。 2019/02/09 「雪の日は静か」というのを、なにか神秘的なものと捉えていたけれど、もしかして外に出る人が少ないだけなのでは。 "まず、誰かに近づきたいと思い、そのサインを送る。誰かがそのサインに応える。その人はあなたをもっと知るために、頻繁に会いたがる。だが、そこであなたは引いてしまう。相手はしばらく待っているが、やがてしびれを切らして、引いてしまう。あなたはまた孤独を感じ、サインを送る。いったん引き下がった相手か、他の誰かがサインに応える。あなたは嬉しくなるが長くは続かない。やがて圧倒されるような孤独に襲われる。" 生産的というのは多分いいことじゃなくて、というのも多分人が16時間起きていたとしてそのうち例えば正味4時間働く設計になっているからだ。8時間ぎちぎちに働く想定じゃない。移動をしたり、準備をしたり、「働いていない」時間があることが前提になっている。私はもっと動いた方がいい。 2019/02/10 時間いっぱい集中し続けることは、集中していないのと同じだ、みたいなこと。 "時間は、未来から過去に向かって流れている。 (中略) つまり、未来のその時が、今の自分をつくっている。 ところが大人になると、何かを決める時に、未来ではなく、過去の失敗で推し量ろうとする。過去に起こったことのせいで、今の自分があると思いこんでいる。過去はもう過ぎてしまったことで変えることはできないのに、それで未来が決まってしまうとしたら、生きている意味がしぼんでいく感じがしませんか。" 今日は「お金を使わない日」だ。インスタの家計簿垢で言うところのNMD( = No money day )。図書館へ行き本を読みつつTOEICの勉強をほんのちょっとし、近所の寺へ出かけ、家に帰ってまた本を読んだ。家にいるとお腹が空くのは冷蔵庫があって「いつでもご飯が食べられる」状況にあるからだと思う。目に入らなくても、絶えず私を揺さぶる。


構造的百合 - 2019/01/28 - 2019/02/03

2019/01/28

"「一生を共にするひとなら、相手の欠点はできるだけ知らない方がいいわね」"

小学生の時、贔屓されている女のことが大嫌いだったのを思い出した。仕事の研修で、嫌いな女がいて、ひどくつらく、でも何かをされたとかならまだしもその女の立場とかやりようが嫌いなだけで、なんていうかその、言葉に詰まって、とりあえず仕事やめたい。あと9回(予定)です。

2019/01/29

発話の際の混乱について。どれくらいまで仔細に話すべきなのかを考えるから滔々と喋れない。けれど文脈依存性の高い会話の裏には「この一言からお前が文脈を読め」という力関係化存在しているのかもしれない。

善い人間はひとに愛されるのだと思う。ああ、あなたはこれから先たくさんの人に愛されていくんでしょう、私一人の気持ちなんてnで割られてほとんどなくなってしまうくらいに、と思うと、どうしていいかわからない。

2019/01/30

"「(前略)愚痴をこぼさない者は、だれにも同情してもらえないのよ」"

卒論出しました。通読してませんが。

奥歯が溶けました。過食嘔吐というよりは多分BCAAを溶かさずに毎日数時間直に舐めていたからだと思う。明日歯医者予約します。

2019/01/31

歯は溶けていなかった。食いしばりだ。眠くてだめだ。頭は空回りし、身体はついてこない。

お休みの日は20時や21時に寝る。仕事のある日の睡眠不足がたたり朝起きられない、が、生活リズムが崩れるのが怖いため無理矢理起きる。そのままぼうっとしたまま過ごし、何も成せずに寝る。本を読もうにも頭が動かない。家事をしようにも身体がだるくて動けない。全く無駄である。けれど睡眠不足の解消はできるのだから結構なことだ。ひととご飯を食べにいきたい。

2019/02/01

2月だ。お腹が空く。

嫌なことをしないとしたいことがわからないだなんて不幸だと思う。本当に。

空想に近い欲求には囚われやすいがいざ実現に近くなると途端にどうでもよくなる。いつまでも「叶いそうで叶わない」状態でいたいのだろうか。

2019/02/02

"それこそが人々が求めてやまないことだった。自分の人生は現実に起きたことで、かつての自分はいまも自分の中にいると確かめたいのだ。"

"女の子だからこそおたがいの細かい所にまで注意を払うことができて、それをわたしたちは愛と同等のものだと考える。"

"かぎられた数の女の子だけが愛を約束されている。"

2019/02/03

どんな些細なことでも、「しようと思ったことを実行する」ことの積み重ねで、動けるようになっていくのでは、と思う。

人々が愛し愛されている、というのは、受け容れられ受け容れている、ということだと感じる。

サウナに行った。サウナ12分+水風呂太ももまで、サウナ8分+水風呂腰まで。

生活には推しが必要であり、私にはDBTが必要である - 2019/01/21 - 2019/01/27

2019/01/21

昼夜逆転、ではない、のだけれど、夜寝る時間が遅く朝起きる時間も遅い。寝ていたら全てがどうでもよくなって、社会が怖くなって、逃避回避。

居酒屋バイトをサボる。

一方的な搾取をする人は信用を失っているのだ、と言える、からなんだというのだ。

2019/01/22

受験のとき、とにかく机の前に座るのが重要なのだ、と言われていたけれど、確かにそうだと思う。同様に、働きたくない、大学に行きたくない、という問題に対しては、とにかく外に出ることが重要で、とりあえず着替えることや、メイクをすることが重要なのだ。

2019/01/23

仕事に対する真摯な気持ち。環境を整えること。ああ。

2019/01/24

自分を受けれてほしいが、「受け入れさせてやってもいい」のは自分が選んだ人間だけ、という傲慢さ。

2019/01/25

早く寝てください。

2019/01/26

寝ていました。一日中寝ていたわけではないんですが、朦朧として何も思い出せない。記憶が混濁している。

2019/01/27

恥という現実を受け入れられない、というのが私の問題だ。そしてそんなの「忘れた気になる」ことで安易に解決できるし、人間関係における些細な過ちに関してであればそれは健全なことだろう。けれど、「人格の統一」を強くセットした私の頭はそれを許さないらしい。「代償行為」に対し、私はどうすればいいか――わからない、けれどどうにか受け取ってもらうしかない。私に必要なのは何か? それはDBTです。

今週はあまり本が読めませんでした。

ととのいたい - 2019/01/14 - 2019/01/20

2019/01/14

働くのやめようかなと思ったり、人とご飯食べるの楽しそうだなと思ったり、自分の体調を気遣うのはなんのためなんだと思ったり。

2019/01/15

鬼電。明日は社長と対峙。

2019/01/16

人間、生きている限り他者による評価からは逃れられないのだ。

トラブルを抱えているおかげか、あまり死にたくならないし、食欲もない。

道徳的、倫理的、社会的に「正しい行動」が良い結果をもたらすかはわからない。考えうる選択とそのシミュレーションで、最も良さそうなものを選ぶのだけど、それが良い選択だったかというのは結局、その結果からでしか評価できない。

2019/01/17

「口頭説明」は理解できないけれど「なんとか伝えたい」という内容は理解できる。音声入力は弱いのになんでだろうと思ったけれど、素振りからの読み取りは強いからだと多分思う。

2019/01/18

卒論前の謎のトラブル︰スマホの充電コードが溶けて充電端子が抜けなくなる

2019/01/19

引きこもっていた。まだ代替機が来ない。

2019/01/20

舞浜ユートピアへ行った。スマホの充電もないし、代替機もないし、デジタル・デトックスだ。

アウトプットを前提としていないと、考えもあまり浮かばない。

サウナで耐えられず、水風呂でも耐えられなかった。ととのうのには失敗。

死にたい 2019/01/07 - 2019/01/13

2019/01/07

夢見が悪い。眠剤を飲み忘れていた、のだと思う。

"んで生まれてきたら最後、生きてご飯を食べ続けて、お金を稼いで生きていかなあかんことだけでもしんどいことです。"

"私にとって、恐怖や空虚さを感じないようにする最良の方法は、何よりも退屈をしないことなのです"

2019/01/08

眠れない夜には首を絞められることを考える。眠れない、というのは寝なければいけないのに頭は思考を続ける、ということである。首を絞められると頭に酸素がいかない。深夜、脳が藻掻き真っ白に沈んでいくことをなぞる。私の首を絞めるのは仮想の女で、それは私が高校の時に書いた心中しようと「私」の首を絞めてくる女で、それは私が高校のあいだ好きだった女の表象の残滓なのである。

予約一ヶ月待ちの皮膚科に予約を入れていて、それが今日で、億劫で無断キャンセルしてしまおうかと五回くらい思ったけれどなんとか病院の近くまで来た。だいじなのは「自分を遠くへ運ぶこと」で、「形を先に作れば中身もついてくるかもしれないこと」だ。

2019/01/09

思い切って朝暖房のタイマーを入れておいたら、嘘みたいにすっきり起きられた。偶然かもしれないけれど、人には生きるのに適切な温度がある。

2019/01/10

夜はいつもだめになってしまう、ので、いつから頭がおかしくなっているのかをとらえようとしている。けれど多分、それは漸次的なものなので、気づいたらもうしでかしているのだ。そう思いつつも、常に自分の頭の状態を意識すること、つまりはメタ意識を試みている。

私を泣かせてください、と思う、何を言うにも私は泣きたくなくて、だから何も言えない。自分が否定されていると感じるとき、それについての抗議を口にしたらその事実を受け留めなければいけない、から、私はきっと泣いてしまう。いつもいつもいつもいつも、私は何も言えない。何でも言えるなあと思う人に、もしそういうことを言われたら、私は裏切りを感じるのかそれとも落ち着いて涙ながらに抗議するのかそれともこの人も所詮こんなもんかと思うのか。

 いつまでも好きなのだけが、本当の好きってことなの?
(中略)
 とすると、本当の好きは、死んだ後にしかありえない。生きているうちにはありえない。*1

 人格を分けると「その人格だけの記憶」ができる。だから重要なことは忘れない。けれど、私はもう、人格を分けないぞと決心したときの気持ちを忘れてしまった。その理由を。何かがあって、変ゼミを読み返して、しみじみそう思ったのは覚えている。私は興奮のためだけに自分の同一性を振り回すのをやめたのだ。

2019/01/11

会社から電話が来ない。このままやめさせてくれるのだろうか? それはそれでちょっとなんだか腑に落ちないのだけど。

明日は神経科、面接、面接である。頑張れ! 面接に行くのが最初で最大の難関だ。履歴書も書かねばならない。

死にたい、と最近言ってばかりだ。昔は「一生誰にも愛されないから死にたい」と思っていたけれど、もはや愛されたいとも思わないから死にたい。人を愛する前に興味が持てないから死にたい。人どころかモノにも興味が持てないから死にたい。ただただ退屈で退屈で退屈で退屈で、毎日のように過食嘔吐して、それも前はしたくてたまらなくて半ば楽しくてしていたのにもはやルーチンの勢いで、じゃあ私どうすればいいの、手首でも切るか? してみたいけれどしてはいけないこと、高揚感、背徳感、場を支配しているという意識、それらを得るために動く力がもうない。私は一体どうすればいい?

2019/01/12

薬が減った。レスリンテトラミドに変わり、テトラミドが強すぎると言ったらレスリンに戻らずに消えた。

2019/01/13

「私が女じゃなきゃ好きにならなかったでしょう?」

八方塞がりだ。

2019年ですが、私はもうだめです

2018/12/31

今年も終わる。今年の抱負を見返すと、達成できていないことがほとんどだったけれど、そもそももう必要を感じていないものも多い。「お金を稼ぐ」と「舌先で噛む」はまあまあできたかな。

"情念を統合する"

2019/01/01

右耳元で母が私の名前を呼ぶ。起きたら朝だった。嫌な初夢だ。

皿洗いが好きだ。自宅では一ヶ月皿を放置したこともあった(一ヶ月という言葉が簡単に出てしまうことから過ぎ去った年月を思う)が、居酒屋では皿洗いばかりしている。どれくらい好きかというと、トイレに行こうと思っていてもお皿が来たら皿洗いをしてしまうくらい好きだ。前世はアライグマかと思うほどだ。洗うのも好きだし食洗機から上がった皿を重ねるのも好きだ。思えば幼稚園の頃から、「形」と「色」のマトリクスを作ってものを整理するのが好きだった。

2019/01/02

物語の結末を覚えていない。とても好きな小説の、ラストがどうであったか定かでない。それは『どろぼうの名人 』で言うところの、

 夢の論理は、隠喩と共感でできている。その語彙は、真偽と推論でできた語彙とは欠片も重ならない。
(中略)
 真偽と推論でできた語彙では、こうしたことは細部と呼ばれ、粗筋では切り捨てられる。隠喩と共感でできた語彙では、こうしたことこそが事物をつなぎ、表わし、明らかにする。
 幼い日に聞かされた物語のうろ覚えの細部は、夢の論理につながっている。

ということ。細部は事物をつなぎ、表わし、明らかにする。

2019/01/03

「『見捨てる前にそもそも拾ってない』って思った?」
「思ってない」
「存外優しいのね」

元気っぽく振る舞っていれば元気になるものだと思う。メンヘラしぐさをしているとメンヘラになるのは経験に裏打ちされている。

死にたいときはどうしたらいいんだっけ? 寝るのにも体力がいる。

寒いから何もできないのかもしれない。部屋の室温を見たら12度だった。精神を保つための温度があるのかもしれない。

過眠と不眠というワードを思い出した。このところ明らかな過眠なので、そろそろ不眠になるのかもしれない。母はまだ私のことを躁鬱病だと思っているのだろうか。

2019/01/04

朝の光は気持ちいいな〜〜〜〜!

外へ出ると「あれ、意外と暖かい」といつも思うのだけどそれは室温と外気温がそれほど変わらず、しかし外ではアウターを着て靴を履くからである。

2019/01/05

テトラミドを飲んだら案の定ラリった。頭には靄がかかったよう、文字は読めない、身体が重くて立ち上がれないしまっすぐ歩けない。

疲れたらテンションを上げてキャピキャピしないと仕事できないように、身体が動かなければ人を殺すつもりでなきゃ生活できなかったのだと思う。

優しさっていうのは技術だから、気をつければすぐできる。例えば人の落としたものを拾うとか、咳をしていたら体調を気遣うとか、髪型の変化を見逃さないとか、面倒に思ってもやることを徹底すればいい。意図もなく、ただ「そうするからそうするのだ」と、損得も考えずにルールに従って動けばいい。可愛く振る舞うこともそれと同じだ。なんのためにとか、これで何を得られるかとか、そういうことを求めては「いけない」、と強いる前に、ただそうする、そうするものだからと。人当たりの良さというのはそういうものである。社会性や何やかやで自分を説こうとすると失敗する。もともと意味のないことだから。「こうすると気分が晴れる」くらいが無難なところだ。

2019/01/06

私はこの先どんどんものごとの吸収が弱っていくわけだけれど、代わりに経験がある。つまりはものごとの習得にかんして、「どうすればうまくいくか」がおおよそわかるのだ。だから柔軟性に乏しくても学習曲線は傾きが大きい。というわけで、今日も不健康に(比喩ではなく、神経症的、マロリーワイス的意味で)何もない休日を過ごしてしまったので、強制的に趣味を持ってみた。そして趣味に飽きる恐れがあるので、その習得スキルを洗練させる、という目的も持ってみる。