永久の幸福

福寿草子のゆるふわ脳内

心頭滅却 2019/06/17 - 2019/06/23

2019/06/17

真面目に勉強をしよう。

3万のレーザー(eco2)を打った。たんぱく質の焼ける美味しいにおい。

ネットで買ったそこそこの値段のシャツの色が壊滅的、セールなので返品もできず。

合わない人とずっといると疲れるように、合わない漫画を読み続けるのも大変疲れる。

ファミマに普通のゼロカロリーゼリーの2倍くらいのゼロカロリーゼリーがあって、でもそれが300円するんですけど、それを頼りに生きています。

2019/06/18

夢見が悪い。死ぬのに失敗する。現実世界でしばらく吐かないでいると吐く夢ばかり見る。でも起きたら吐いてないのだ。胃にやさしい。

デッサンを学び始めて他人の絵の狂いに目が行くようになり、更には自分の顔(物理)にも「は? デッサン狂ってる!!!」とキレるようになる。

親の金で絵画教室!

もしかして美術館が楽しくなるのでは?

油絵描きたい。

思考回路としてはこうです(備忘録)。この人絵うますぎ絶対美大美大ずるい!→デッサンが大事→影が大事→ネットはゴミ→絵画教室だ!

2019/06/19

アクアリウムのオタク2人が初心者に色々と教えていて楽しそう。うち1人は農大なのでガチガチのガチだ。我が家は暑いから水が熱湯になって死んじゃうな。電気代がかかりそう。

油彩を始めるにしても家じゃできないし困る。パパ! アトリエを買って!

「でもそうやって見た目に気を遣ったりするのって男に好かれたいからじゃないの?」
「見た目を褒められるのは好きだけど自分の見た目を好きになる男は嫌い」

2019/06/20

前髪を伸ばすことにした。なぜなら代官山のママたちはオールバックで、多分それが見た目に気を遣いつつも手間をかけない最善策なのだ。あとデコ出しが似合う。ただし強くなる。

2019/06/21

主従関係が好き。先輩後輩だとか個人的な取り決めだとかはお遊びに過ぎない。役職による主従関係は法規である。いたいけな主人を読みましょう。

生足で歩くと筋肉バキバキですごい。

「わからない」という適度なストレスは気持ちいい。

2019/06/22

鎮痛剤を忘れてサバゲーに臨み、歯が痛い。けれど鎮痛剤を飲んだところで私が痛みを知覚しなくなるだけであり、症状がどうにかなるわけではないのだから、あまり気にしないことだ。

結論から言いましょう。主従関係に性欲の入る余地などありません。支配と服従があり、嗜虐と加虐と被虐があり、社会的上下関係があり、制約があってけれど性欲はない。嗜虐は性欲ではないのかというと、それは含んだり含まれたりもするでしょうが、私が言いたいのは精神的高揚であって物理的満足ではない。相手をいたぶって楽しむ、そこにただ性にまつわる手段を持ち込んだというだけで、身体に快楽を得ることなんてどうだっていいのです。恍惚の連続の中で相手と「溶け合う」ことなんてできるでしょうか? ただ私は楽しんでいるだけ、相手を見てなんかいない、言ってしまえばそこに愛なんてないのです。

"絵うま男、絶対美大"には色々あって(うま男とは言うけれど多分みんな女だ)、このひとは絶対油彩、このひとはデザインかな、などと、専攻を推測するのが楽しい。自分がどこへ向かいたいか、わからない。

「食に執着なさすぎだろ」と言われ「食に執着ない私」が爆誕した。

よさポイント1、中高時代一人称俺で今は普通に私だけれど昔の知り合いと会う時は俺と言う。よさポイント2、でも男の話をする時は無意識に私と言ってしまう。よさポイント3、そもそも中2の時好きだった。

絵というのは抽象と具体の行き来であって、時空酔いする。

2019/06/23

心拍数のトラッキングはいい。交感神経をコントロールしろ。

身辺整理 - 2019/06/10 - 2019/06/16

2019/06/10

我慢がきかない。

画力というのは単純な間違いのなさというよりも画面の構成力だと思う。

液タブ買っちゃった! うふふ!

得体の知れない焦燥感。

結論から言うと「本当の愛」をやりたいのである。つまり私が私であなたがあなたってこと、そこに性別はいらないのです。考えてみれば「男だから」という理由で男を好きになったことってない。外見だけで言えば女の方がずっと好きだし、だから私は女の身体でよかったなと思う。愛されるのは気持ちいい、ん、ですけど、でもやっぱり私が女じゃなかったらこの人は私のこと好きにはならなかったろうなあと思うと涙が出る。それは本当の愛ではないとか云々する前に、私はそもそもいかなる意味でもあなたのことは好きではないんですけど。人を尊敬したのなんてただの一度だけだよと私が言うと、「あなたの中ではね」と私が応える。

2019/06/11

液タブ届くの今日かと思ったら明日でした。

「誰か失明しないかなと思ってるんだよね〜〜」
「そんなこと言ってると推しが失明するよ!」
「むしろしてほしい」

原作厨なのでアニメには落ちないのだけれど怖いのがフィギュアである。公式ではなく作る方。どうにかなってしまいそう。落ちてみる?

2019/06/12

眠くてどうしようもないので出勤前にモンエナとコーヒーを入れたらカフェインで動悸、死にそう。

好きな上司に名字さん付けで呼ばれて違和感、同一視している別の人間は私を呼び捨てにするので、という地獄。「水分補給をしていてえらい」と言うインターネット人格マンだ。

次に欲しいのは〜〜〜〜!!??? はい、スキャナー!

やっぱ陰影なんだよな。陰影、デッサン、美大

2019/06/13

BCAAを強炭酸で割るとおいしい。

バイト6回目ですでにベテラン扱い、バーテンダーになる。

絵がうまい人ずるい。デッサン、陰影、稜線、美大

絵画教室の体験申し込みをする。前日にエコツーを打つ予定、DTで頬がグロくなるので大きなガーゼをしないといけない。半顔ガーゼで絵画教室は盛りすぎ。

2019/06/14

あえて連絡しない、という選択を取るのはつまりわたしたちの関係は永続するという過程があるからで、長いスパンで見たときに今を優先した馴れ合いは益にならない、と考えるからである。百合です。

2019/06/15

コーヒーなど飲まないくせにコーヒーメーカーが欲しくてたまらず、流石にそれは無駄だろうとスマートウォッチを買いました。

ビニール袋を開く作業を1h程やって拘束2.5h7000円、大勝利。

本を読めなくなった。と言ってもメンヘラさんじゃない(精神状態により文章が読めなくなるのは私に限ったことではなく散見される)。働いて、資格の勉強をして、研究もやって、なにより絵の練習をして、とやっていると時間がない。Twitterをしないというのは別になんでもない選択だが、本を読まないというのはつらい。

撃たれると痛い、けれど案外動けるのはアドレナリンのおかげかもしれない。けれど意識が混濁している血塗れの上官たちを見るとそれが現実だと知る。痛覚はマスキングできても持って生まれた共感性はマスキングできないの? 夢の話。

OculusQUESTがやっぱりほしい。困った。

睡眠デザイン近未来来てる。ベルソムラが全く効かないので以前処方されたテトラミドを割って飲んでいる。10mgと30mgがあって10mgの方を処方されているのだが、一錠飲めば一日寝潰れるという効きっぷりなのでその日の体調、次の日の予定に合わせ1/4〜1/3くらいで調整して飲んでいる。飲む時間を入浴前に早めており、「早くしないと落ちる」とせかせか寝る支度をする(真似しないでください)。あとこれは有益情報なのですが、オタクになってから睡眠の調子が割とよいです。

2019/06/16

オキシクリーンでなんでも漂白できるので楽しい。

語彙力を沼に落としたオタク - 2019/06/04 - 2019/06/09

2019/06/04

結局私は女であることを全面的に受け入れられないのだから、女であることを求められる関係など端から眼中に入れない方がいい。

TSUTAYAのコミックレンタルを覚え現実世界への期待が雲散霧消。

2019/06/05

オフィスグリコに夢中。

物語をやるのにそこに他者が必要か、と言えば、いた方がいいかもしれないがいないところで不足ないのである。

二次元に癒やしを発見して帰ってこられなくなりました。まあいずれ飽きるとは思います。
久しぶりに、本当に久しぶりに紙の漫画を読んだら画面が大きくて笑ってしまった。読めない。焦点が合わない。単行本でこんな状態なので雑誌なんか読んだら大変なことになると思う。よく言われることだけれど電子書籍は前のページに遡りにくい。紙の漫画はぺらぺらとめくるということが容易で、読んでいて「あれ? これってなんだっけ……(でもページ戻るの面倒だし)……(まあいいや)……」という無意識の堕落が発生しない。きちんと戻って物語を進めていける。

2019/06/06

人間には主従関係が必要なのである。

時がびゅんびゅん過ぎて行く。なんで? これがオタクの力なのだろうか?

ついに"本誌"を追うオタクになってしまった。なんで? 3日でひどい疾走感だ。いつぶりだろう、と考えてみて、なんと私、本誌を追ったことなどないのである。怖い怖い、週刊誌が怖い!

原典は一つだけれど解釈は無数。そう、宗教戦争です!

2019/06/07

ついに現代日本で合法的に(そして物理的に)殺し合う方法を見つけました。サバゲーです。クレー射撃をやろうかと思いつつもとんでもなくお金がかかることや一番近い射撃場が改装中のことから半ば諦めていましたが、紳士淑女のスポーツがあるではないですか! 女は迫害されるそうなので(「サバゲー 女」でググると「邪魔」がサジェストされます)、とりあえずライトな都市型サバゲーに女数人で参戦してきます。ウェイ!

軍オタになってしまうのか? エアガンを選ぶためには銃を知らなければならないのである。銃を知れば? 様々なフィクションをより粒度高く楽しめます。本当に? たばこ警察なのでフィルターが茶色いと安易だと思うし「マルボロ吸ってんの〜〜〜〜? は、(作者)にわかかよ」と思い集中できません。

2019/06/08

紙の漫画は読みやすいのだけれど持ち運べない。一度に10数巻も鞄に入れるわけにはいかず、結局kindle版で揃えてしまいそう。

オタク、ついに絵の練習をし始める。24歳と言えばもうかなり絵がうまい年齢のはずなのだが、文字書きオタクだったので絵を描いていたのはせいぜい中高生まで。もっと練習しておけばよかったと思うが、十数年後また沼に落ちて絵の描けなさに涙するかもしれない。描いてみると案外絵らしきものはできるのである。暗黒の中高時代に感謝。

2019/06/09

ペンタブほしい。

夏、前夜 - 2019/05/16 - 2019/05/19

2019/05/16

息ができない。喉元になにか密度の高いものが詰まってしまったように、呼吸が苦しい。心臓はぎゅうと握られたまま、胸が詰まる。いっそこのまま一思いに、と思うけれど、事態は好転も悪化もせず時が止まったかのようだ。

2019/05/17

空が開ける、雷鳴が轟く、私達は出会う。意味のない耳に心地のよい言葉の羅列が徒に物語を形作っていく。頭の中でだけ生きていけるそれらは質量を持たない。

いつからこんなに身体の価値って重くなってしまったんだろう、私達はあまりにも言葉だけで生きている。

2019/05/18

サブカル然としたものにいたく心を乱されてしまうのはものからの性質なのか記憶のせいか、そもそもそれらは分離可能なのか。

2019/05/19

寝ていた。週に一日断食をするように、週に一日眠り続けることを考えてみる。

物語を巡る物語 - 2019/05/03 - 2019/05/05

2019/05/03

プロトコルは破壊されていく。それは物語を失うということでもある。わたしたちは、予測可能性を残しておく必要をもう見いださない。

2019/05/04

結末が先にある。こうなるはず、という終点からまず存在し、わたしたちはそこへ線を引く。もちろんそれは一意に定まらない。最短経路である必要はなく、永遠に届くことのない道筋でもいい。けれど終幕は明確に目指される。そこへわたしたちを導くのが物語そのものなのだから。

2019/05/05

そこには合意だけがある、というのは、理想がすぎると人は言う。

肯定させてほしい、と思う、今の"望ましくない"状況を受け留め続けるために物語が存在してほしいと思う。現実は変わっていなくとも、一度物語を介せば忽ち私はそれを「演じている」ことになり、つまりそれは「私じゃない」ことになる。あれだけ言ってまだ、私は「私自身」が負けるのを――「私自身」を生きるのを恐れている。

墓場から地獄まで - 2019/04/27 - 2019/04/30

2019/04/27

本を読み、水面に顔を出す。強く息を吸う。
生活を構築するためには、礎が要だ。そしてそれを確かなものにするには、見えるところをすべて更地にして、脇目も振らずがむしゃらに土台を築き続けなければならない。二週間から三週間というこの期間が長いのかどうかはわからないけれど、私は適応にかかりっきりだった。つまりは適応障害というやつだ。"禁欲的(ストイック)"と称される私の生活が持続可能性から言って"正しい"かどうかはわからない(おそらく、経験上正しくはない)けれど、少なくとも基盤としては十分だ。交感神経マシマシであれ、日々繰り返すことはクリア。繰り返されない生活など生活ではないから、ここは重要だ。次は、とくれば、やはり緩急つけて"より持続可能"なサイクルに持っていくことだろう。一昨日、日々のルーティーンの中に読書を追加した。集中の手綱を持てる比較的自由な時間だ。そして叙述欲を掻き立てもする。それはたぶん言ってよければ自己顕示欲。自分の生活ログを取ることが脅迫的になりつつあるのは否めないけれど、最も興味のある「自分」の定性的な観察記録は、未来の私を最高に興奮させる。

2019/04/28

"私は発見したのだけれど、人は、誰かをほんとうに愛してしまうと、その人の存在を通してしか世界と向き合えなくなるのだ。"

2019/04/29

SFを書こうにも、私には戦争の知識がない。中高で学ぶ個別具体的な事象を禄に知らないのはもちろん、だからこそ私は戦争のプロトコルを知らない。それはどういうことかというと、知らないのだから直截に説明はできないのだけど、料理に例えてみる。目の前のカレーに人参、じゃがいも、豚肉が入っているのはわかる。それらに"火が通っている"こともわかる(もちろん、生じゃないからだ)。けれどカレールーがどう作られたかはわからない(焼いたわけではなさそう。液体を"焼く"ってどういうことだ?)。とはいえ馬鹿じゃないので、鍋に入れてぐつぐつやって作られたこと(つまりそれが"煮る"ってこと)はわかる。でもそれらは統合された流れとしてあるわけじゃなく、ただの断片的な知識でしかない。そういう感じだ。

 

自分の欲求に基づく"望ましくない"決心を封じ込め、なかったことにするために――自分を飼い慣らすために、求められたのが記憶の書き換えなのだった。"人格遊び"の根っこが記憶の改竄であることからすると、アイデンティティを形作っているのはそう言ってよければ連続性だ。だから私は躊躇せずに書き換えるべきなのだろう。「今日はあれをやってやる」と悪事の計画を仔細に立てた過去を、そんな算段など存在しない現在にするために。それが"正しく"生きるということでなくても、"正しい"生活を送りたいのなら。

2019/04/30

「健忘」という概念がある、ということを、私はまさに忘れていたのだけれど、それはただの忘却に過ぎず、ここに挙げたい健忘ではない。私の言いたいのは一過性全健忘症だ。入眠前、途中覚醒時の記憶がなくなる睡眠導入剤の副作用。文字を打つ私の手は震え覚束ない。わずかに残る記憶の中では、私は夜中トイレに立ち、よろめく足からレンドルミンを飲み始めた時のことを思い出していた。昔はあんなに効いたのに、とそれでは恋人同士のようである。身体を上手く操縦できなくなって初めて自分が物質に依存していることを知る。そもそも薬から言って化学式で表される"物質"だし、飲むのは小さな白い錠剤だ。その一粒で次の日の振る舞い方が左右されてしまうなんて許せない。覚醒を必死に試み活動をする時間、そして虚しくも眠りに落ちてしまう時間、それらが交互に私の身体と精神を痛めつけ、その闘いは無限回にも思える。時間感覚は吹き飛び、私は過去の私に同期する。健忘という概念を玩び、離人感の抜けない身体へ。

社会進出 - 2019/04/01 - 2019/04/07

2019/04/01

ヒキコモリで社会と断絶されたまま新年度を迎える。

2019/04/02

やっていきましょう。

2019/04/03

昨日疲れ切っていて、寝る前にしたLINEを発見し戦慄。したことすら覚えていない。

2019/04/04

新しいバイトの研修に行ってきた。イベコン、挙式アシスタント、居酒屋、過去の仕事が今に役立っている。接客は地続きですね。

2019/04/05

久しぶりに引きこもる。

お前に割く時間はねえ、と思っているんだけど?

2019/04/06

初出勤。

2019/04/07

11.75時間労働で体力が擦り切れる。