永久の幸福

福寿草子のゆるふわ脳内

可愛いの地獄にようこそ

 最近とっても、可愛くなりたい。

 と言うと聞こえはいい、ようなよくないような、ともかく社会に存在してるんだな、という気がする。他者の目、気にしてますね、というような。しかしその実態は買い物依存なのである。

 四月半ばから薄々気づいていた。私、買い物報告多いな、と。あれ買ったこれ買った、これ欲しいこれ買うか。確かに躁っぽくなってどーんと大きい買い物をしちゃうことはたまにあるけど、頻度が高すぎるし値段も高すぎる。主に買っているのはサプリとコスメ、服、あとは美容院や鍼などエステ系。現時点でその合計金額はあっさり6桁に上っている。笑った。いや、だって、と言わせてもらうと、一週間後に買うことにしたらその一週間はグレードが低い生活を送ることになるし、サプリだってエステだって一日でも早くからやる方が効果あるし。だから来月になってからなんて選択肢はなく即購入。

 そんなある日、というか今日、フェイススチーマーを検索して6000円のにするか12000円のにするか27000円のにするか考えていたところ、「買い物依存症」という文字列を目にした。あ、はい、すみません、と思った。私は多分買い物に依存している。スマホを持ってぼうっとして、「何かほしいものあったっけ」と思って美容垢巡りをする。どのサプリがいい、どのコスメがいい、どの病院がいい、と溢れる情報。今のところ整形に手を出す気はないけれど(感染症が怖い)、大体のものは少し調べてすぐに買う。別に買い物に限った話じゃない。首の下の三角空間が美人の条件と言われれば毎日顎を上げて下を出してあいうえおを言うし、二重幅を揃えるために目を回して眼輪筋を鍛える。HSP入浴法をしながらこのブログを書いている。カナダで美意識高いね、ストイックだねと言われたときの数倍、取り憑かれている。

 だから特に買い物だけを見直す必要もないと思っていたけれど、「買い物依存症」という考えを得て、あ、これは治さなければいけないものなんだな、と気がついた。カウンセリングに行くのはやめてしまったので、自分でそれっぽいことをしてみる。

 四月、お金、といえば恐らく私の財政変革が原因。今までは「お小遣い+食品、日用品、衣服などはレシートで請求」だったのが、お小遣いのみになった。一応お金はもらっているのだが足りるはずもなく、生活費はほとんど自分が稼がなくてはいけない、という感覚。絶望した。しかしそれは言い換えると稼いだ分だけ使える、ということであり、私はシフトを入れまくった。自分で稼いだお金が全て自分のものだ、という快感。頑張れば頑張るだけ生活が豊かになる。どんどんアップグレードされていく日常に私は酔った。まあ、それはそれで健全だと私は思う。問題なのは、「欲しいものが欲しい」状態。何かを買いたい、何かを体験したい、何かにつぎ込みたい、そればかりで、ここがいけない。今日知った言葉によると「プロセス依存症」と言うらしい。目的があって問題行動をし、けれど結果を得られないので繰り返すことだとか。

 私は可愛くなりたい。何のために、というとこれがわからないんです。「あいつを見返すために」「あの人を振り向かせるために」みたいな、理解しやすい理由がない。もともと私は女であるのが嫌で髪を短くしたり僕と言ってみたり色々していたけど、肉体は肉体に過ぎず、私は「限りなく精神的な存在」なのでわざわざ肉体を拒否することもないだろうと思った。せっかく女の体なんだし、メイクもできれば服の選択肢も多いんだし、楽しんでみては? ということで、これは趣味だ。目が覚めたら女の子になっていて、おしゃれしてもとの女の子よりも可愛くなってしまうTSものの感覚に恐らく近い。カラフルみたいに、他人の人生を生きる感覚に近い。

 買い物を繰り返すのは結果が得られていないからだとして、「だって可愛いに果てはないし」みたいな話じゃない。この強迫観念的なお人形遊びをいつやめられるのか。真綿で首を絞められるように、ゆっくりと死に向かっていくのは怖い。死よりも老いが怖い。肉体にろくに気を使わずに過ごした10代が憎い。そんなのどうでもいいと思えるくらい、私はセンチメントに満たされたい。