永久の幸福

福寿草子のゆるふわ脳内

人間と共に生きるのが苦手でもいい - 2018/12/10 - 2018/12/16

2018/12/10

一日の始まりを実感できない。ずっと今が続いていたような気がする。今日は部屋の掃除を頑張りたい。

あなたがどう思うかを私が考えずに済む、ということが、少なくとも私にとって、他者とのよい関わり方なのだ。

"(肌があるのはきみがこれ以上私に近づかないためだ。)"

研究をすることと、その結果を文字にすることは頭の使う場所がまるきり違う。今週日曜までの草稿をさっさと書き上げた。それにつきっきりだったので研究は進んでいない。集中しているときに、それをやめて違うことをする、というのが苦手だ。探しものをしているうちに違うことをし始めていることは日常茶飯事なのに。うまくいかないなあ、とは最早思わないけれど(23年間そうなので)、研究の頭に切り替えなければ、とは思う。

自分の身体をお人形のように、丁寧に扱おう、と思っていたことを思い出した。

2018/12/11

自分のやりたいことを阻害されてただそこにいるだけのおもちゃになる、ということは幼い頃さんざされてきたことだから、だからというか、ともかくその状況には我慢ならない。そうすることが愛することであると思っているのかもしれないが、それは愛玩に過ぎず、私は自分が貶められるのを強く感じる。家族を模すこと自体が悪いというよりは、私に子供の役割を押し付けられるのが、ただひたすらに、耐えられない。

グループディスカッションをしたが、「別にいつ死んでもいい」「自分の親がどうなろうとどうでもいい」という考えで、けれどそれは言えないので、無言になってしまう。就活では人格をセットしなければいけないのかなと思う。

身近にLINEおじさん案件を見ていて思うことは文面や絵文字がどうであれLINEおじさんはプライバシーやプライベートの意識がないということである。というよりかはあなたが思っているより私たちの間にはずっと隔たりがある。結構な距離を徐々に詰めずにどかどかと土足で踏み荒らしあぐらでリラックスレベルである。そういうの、すぐ無視してしまうし、なんならブロックしてしまうので、私は円満な解決法を未だ知らない。私だってこれではだめだと思うのだけれど、厄介さんに近づいてはいけない、というのは昔からの習わしなわけで。

2018/12/12

久しぶりの仕事(居酒屋ではない)。一年働いているので、流石にくつろげる。気づいたことは、私が絶えず誰かに話しかけようとしていること。脅迫的に。特に伝えたいことがあるわけでもなく、けれど話しかけなきゃ、という落ち着かなさを自覚する。私がかつて批判した、「内容に関わらず、言葉を交わした分だけ親密度が深まる」という考えにとらわれているのかもしれない。要検討。

HSPの本を読もう。Hot Soup Processorではない。

人は悩みがあるとむやみやたらに他者に言ってしまうのだと思う。悩みで頭が占拠されて溢れててしまうのだ。バイト先の女の子が彼氏の浮気を疑っているようで、特別仲のよくない女の子に人生相談をしていた。私もやたらと人生相談をするタイプだったけれど、自分で決められないことなどないと思う。迷うことがあれば時間をとってしかるべき人に尋ねてみるべきなのだ。こんなクールに語れるのは、私が今現在特別こ悩みがなく、また悩みを持つような可能性もない、と思っているからだ。悩みは欲求に根差し、期待で増長する。

身体性を思い出した。身体が強張っていた。リラックス。

"接触しているがゆえに通路を遮断し、またそれゆえ一部の通過を可能にするというパラドックスなのである。"

馬鹿にしながら読んでいたHSPの本 、早速有益情報を得る。視覚情報が強いので、目がよく見えすぎて疲れているらしい。わかる。バイト中は度数を下げてみたい。

「いつも身につけていられるから」と指輪を選ぶように、身体に課金しなさい。

aqrapidcycler.hatenablog.com

2018/12/13

人が人に無遠慮なのを見ると本当にドキドキして参ってしまう。された側に感情移入するからだ。けれどされた側は私と同じように感じないかもしれない、なぜなら感覚が鈍いから、という可能性を知った。例のHSPの本の話。

2018/12/14

それなりに親しく思っていた人のこと突然無理……って思ってしまった理由がわかった。自分の要求を通すためにはどんな詭弁も辞さない、例の人格破綻者にやり口が似ていたからですね。

思考が上滑りして、本が読めない。睡眠不足だからと気づく。肌の調子が悪く顔色も悪い。

slackの記事を読んでslackとtiktokを入れた。好奇心を持ち続けること……

2018/12/15

見るだけならオラオラ系が好きだ。tiktokで地方のヤンキーたちの幼い笑顔を見てはにやにやしていたけれど、もしや、ヤンキーを見ることで自分の育ちの良さに興奮しているのでは……? と閃いてしまった。

今週も寒空の下ひたすら立つバイトをした。時給はいい。寒さという身体的負担、人と喋らなくていいという精神的余裕。あとは圧倒的暇。いつものバイトは身体も精神もやられるが秒で過ぎるので体感時給はいい。しかし居酒屋バイトが一番総合的にはいいのだった。時給があと100円200円高ければ言うことはないのだが。

歳をとると冷えやすくなるというのは真実だと思う。

今日文量が多いのは単純によく寝たからだ。寝不足だと頭を働かないし、無理に体を起こそうとして過食に陥りがちだし、いいことがない。一日八時間ではもはや足りず、九時間くらい寝ないとやっていけないのだが、生活設計が不安である。

2018/12/16

「そうやって、『なかったことにする』操作を用意しておくのは、浅ましいことだと思うよ」

毎日を記録すること、身体を管理すること。冷静に。

先週の日記を流し読みしてみると、「言語化がうまくいっている」というよりは、感覚が鋭い。感覚が鋭いからたくさんの情報をキャッチできて、それを言葉にしている。思い出すのは『皮膚・自我』のことだ。読むのに時間をかけすぎて放り投げてしまったけれど、失語症の三つのパターンをぼんやりと思い出す。